*** Lucyみさおの逃亡日記 ***
Mr.TASAKIのスタンフォード大学訪問報告
西脇尚子のパリ・ペルージャ・ロンドン紀行
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【Lucyみさおの逃亡日記(17)】
=Make the money 後編=
DATE:2000.05.28in San Francisco
REPORT&PHOTO:石谷みさお(りぶらぶりんくドットコム)



70ドルを握りしめ、今夜はこれで何を食おうかそれだけを考えて帰路につく。これだけあれば立て替えた釣り銭と駐車場代を引いても、日本食、タイ料理、焼き肉、何でも食える。ビールだって飲めるし、ポテトチップスだっていっぱい買える。何食う?何食う?と一人はしゃぐ私の横で相棒は何やら思案している。

「それ使うのやめませんか?」
「?!」
「それ額に入れて置いておきませんか?」
「ほへ?」

あまりにも突拍子もないことを言い出す相棒に訳を尋ねる間もなく、とつとつと奴は喋り始める。

「それね、”りぶらぶりんく”として初めて稼いだお金でしょう?あなたが生まれて初めて稼いだドルでしょう?使うべきじゃない。オレもね、3年半シリコンバレーにいましたけど、あんなことしたの初めてですよ。1ドルの金を稼ぐために、地べたにはいつくばって頭を下げるなんて考えもしなかった。でも何もないところから1ドルの金を稼ぐってことが、どんなに大変な事かっていうのもわかったし、嬉しかったし、有り難かった。だからね、それは置いておきましょうよ。”りぶらぶりんくUSA”の資本金でいいじゃないですか。これからどうなるかわかりませんけど、地べたから始めたんですから怖いモンないですよ。何かあったときにそれ見て今日の事を思い出せるじゃないですか。」

忘れていた。
奴にとって今日の大道芸はある意味でかなり大変なことだったのだ。

ほんの一年前までこの男はシリコンバレーにいた。それなりにエグゼクティブの仲間入りをし、人脈もあった。帰国した時に持っていたのは数枚の100ドル紙幣だけで後は何もかも失っていた。どうなる事かと思ったが、たった一年で、新しい仕掛けをするのに自分のカネでシリコンバレーに来るまでに回復した。奴を支えていたのは高いプライドだ。
いろいろな事があった。
奴にしてみればサンフランシスコで地べたに這いつくばっている姿を人前にさらすなど耐え難いことだったのかもしれない。しかし、鈍感な私がそんな事に気付くはずもなく。悪いことしたかな、と一瞬、柄にもなくそんな思いが胸をよぎったが済んでしまったことはしょうがない。

「わかった。そうしよう。」

帰路ショッピングセンターで一番安い額縁のない額(つまりアクリル板だけ)を買い、部屋に戻ってすぐ、稼いだドル紙幣を納めてサインをした。そして、安物の白ワインをプラスチックのコップに注ぎ、記念の乾杯をする。

「資本金70ドルかあ」
「たいしたもんですよ」
「座る場所ないなあ」
「床でいいですよ。新聞紙も沢山余ってるし。」

今日はずっと地べたやなあ、まあええか!と笑いながら、稼いだカネとお互いに向けてコップを高々と上げた。乾杯の音頭はもちろん!

「Make the money!」


石谷みさお(いしたにみさお)

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